日本では新年を迎えると、七草粥や鏡開きといった無病息災、健康長寿を願って行われる風物詩が何かと数多く見られます。
かつては「数え歳」の仕組み上、正月にみんないっせいに1歳年齢を重ねていたため、そのタイミングで長生きを祈願することの重要性は想像に難くありません。
実際、七草粥に入れる野草には冬の間不足しがちなビタミン・ミネラルが豊富に含まれていて健康管理に役立ちそうです。
そして調べてみると、鏡開きにも健康に直結する合理的な意味合いが含まれていました。
健康長寿への秘密は乾いた餅特有の「硬さ」にあったのです。
正月の風物詩「歯固め」とは?
今ではあまり聞かなくなりましたが、かつて健康長寿を祈願する正月の風物詩として「歯固め」という行事がよく行われていたようです。
現在歯固めというと、もっぱら歯が生え始めた赤ん坊に徐々に硬いものを食べさせて丈夫な歯を育むことを指しますが、正月の歯固めは大人も参加すること以外、おおよその意味は同じです。
一般的には、元旦に干し大根やするめ、昆布、獣肉などの比較的噛み応えがあるものを口にして歯を丈夫にすると同時に、年神に長寿を祈願する行事でした。
現在でも切り干し大根や昆布はおせち料理の定番として知られていますし、おせちの新しいメニューとして近年流行しているローストビーフも伝統的に相性がいいために受け入れられているのかもしれません。
そして、正月の硬い食べ物として忘れてはいけないのが乾燥しきった餅です。
歯固めに使われる「具」として、この鏡餅もしばしば使われていました。(東日本では正月の餅を保存しておいて6月に歯固めを行うこともあったそうです。)
『源氏物語』には鏡餅を取り寄せて歯固めをする描写が見られます。
齢(よわい)という文字を分解すると「歯」が含まれていることからも、昔の人にとって健康に歳を重ねるために丈夫な歯がいかに大事だったかをうかがい知ることができます。
噛めば噛むほど健康にいい
そして今、硬いものをしっかり噛むことの重要性が再び注目されるようになってきています。
そもそも、私たちの歯は成長過程で硬いものをしっかり噛みしめることを繰り返すことで正しい噛みあわせを形作っていきます。
歯は最初からいい噛みあわせの位置に生えてくるのではなく、歯にかかる力の影響で徐々に移動してくるものなのです。
歯列矯正で歯の位置を動かすことができるのも、歯が少しずつ動くからです。
ところが、現代人の食生活を見てみると柔らかい食べ物を食べる機会がとても多くなっています。
柔らかいものばかりを食べて育つので噛みしめる機会が減り、歯並びが悪いまま成長してしまう人が増えているのではないかと懸念されています。
歯並びの悪さは健康に少なくない影響を与えます。
まず、歯並びが悪いと歯ブラシがあたりにくい部分ができて歯周病になりやすくなります。
歯周病は歯を失う原因になるだけではなく、体内に侵入して狭心症、脳梗塞、糖尿病などさまざまな疾患のリスクを高めてしまうことが知られています。
また、歯は骨格の一部でもあるので、歯並びが悪いことでと筋力のパフォーマンスや姿勢にも影響を及ぼす可能性があります。
例えば、背骨が曲がってしまう老人は歯をたくさん失っていることが多いのですが、これは歯を失うことで第一頚椎が異常に前に突き出てしまうことが原因の一つだと考えられています。
背骨が曲がるほどではなくても、噛みあわせが悪いことが頭痛や肩こりの一因になっているケースが少なくないとして、歯並びの検査を勧める歯医者が増えています。
さらに良く噛んで唾液と食べ物をしっかり混ぜ合わせることは胃腸の負担を減らすことになるほか、満腹中枢を刺激することにもなるので食事量をコントロールすることにもつながるなど、健康への好影響は枚挙に暇がありません。
しっかり噛むからおいしく感じる
不思議なことに、良く噛む必要がある硬い食材には干し魚、海草、生野菜など身体にいいものが多いようです。
こういう食事をおいしく食べるには、やはり良く噛む力が欠かせません。
十分に噛み砕くことで初めて本来の味を感じることができる食材も少なくありません。
噛む力を養うことは、健康的な食生活を楽しむということにもつながっているのです。
元旦だけとは言わず、普段から硬い食品を積極的に取り入れるようにしたいものです。