ここでは、デスクワークが中心のオフィスではどのような対策を打つといいのかを具体的に紹介していきます。
オフィスにおける腰痛対策のカギになるのは『同一姿勢を続けない工夫』です。
これが改善できるだけでも、体にかかる負担が大きく変わってきます。
そもそも何で体を動かさないデスクワークで疲れてしまうのでしょうか?
『腰痛予防対策指針』でも腰痛リスクの一つだと指摘されている「長時間の同一姿勢」は、どうして私たちの体を疲れさせてしまうのでしょうか。
体を動かして行う仕事なら疲労がたまることも、腰を痛めてしまうことがあることも、なんとなく理解しやすいかも知れません。
しかし、オフィスでほとんどの時間を座って過ごすデスクワークも同じように疲労が蓄積し、腰を痛めてしまうことがあるということは、少し不思議な気がします。
あまり理解がない人からしたら、「ただサボりたいだけなのでは?」とか「嫌々仕事をしているからくたびれるのでは?」と感じてしまうこともあるかもしれません。
ところが、実はデスクワークの疲労は肉体労働の疲労とあまり大差がなく、むしろデスクワークで疲労を感じない人ほど過労死のリスクが高い可能性が最近の研究でわかってきたようです。
産・学・官合同の「疲労定量化及び抗疲労食薬開発プロジェクト」では、さまざまな観点から『疲れる』ということのメカニズムや対策が研究されました。(参考:解明されてきた現代における「疲れ」の原因
この研究では、現代の疲労は栄養不足が原因ではなく、自律神経の機能の低下が原因になっているという結論に至ります。
運動でもデスクワークでも、ストレスやリラックスの状態を調整する自立神経の中枢でたくさんの酸素が消費され、活性酸素が発生します。
この活性酸素によって細胞が「さびつき」うまく機能しなくなってしまうことで強い疲労状態に陥ってしまうというのです。
ですから、体力が足りないからと「うな重」や「焼肉定食」を食べることは意味がなく、野菜やフルーツのような抗酸化作用のある物質を多く含んだものを食べるほうが慢性的な疲労の回復に効果的です。
また、疲労と疲労感は別物で人間は興奮物質で疲労感を感じにくくしてしまうことがあるため、仕事に打ち込みすぎる人は実際の疲労の程度と自覚との間に差が生じ、過労状態に陥ってしまうこともあるため注意が必要です。
このように、肉体的もしくは精神的にストレスがかかる作業であれば、どのような仕事であったとしても体を疲れさせる原因になってしまうのです。
座り続けないオフィス
ではどのようにすればストレスのかからない仕事環境が実現できるのでしょうか。
それを解決するために今、椅子に座って働くというスタイルを変えるオフィスが登場し始めています。
スタンディングデスクという、天板の高さを自由に変えられる机を導入する企業が増えているのです。
ブームの発端はヨーロッパです。
座り続けると健康障害のリスクが高まり、死亡率が上昇するという研究データが示されたのを発端に、立ったり座ったり自由に選択できる労働環境の整備が推奨されるようになりました。
福祉大国スウェーデンでは半数以上の企業が導入しているともいわれています。
日本でもIT企業を中心に、スタンディングデスクをオフィスに導入する企業が増えているようです。
作業時だけではなく、ミーティングを立って行うところも。
立って仕事をすることでどんないいことがあるのでしょうか。
前回紹介した『職場における腰痛予防対策指針』で触れられている要因ごとにスタンディングワークのメリットを見てみましょう。
〇動作要因
下に示した図のように、実は座る姿勢は立つ姿勢よりも腰椎にかかる圧力が大きいとされています。
この圧力を軽減させることができることが、スタンディングワークの大きなメリットです。
スタンディングデスクは、高さを調整することで、立ち仕事にも座り仕事にも使えるものが多いようです。
「立・座」をときどき変更することで、指針で繰り返し言及される「長時間の同一姿勢」を解消することができる点も優れています。
〇環境要因
立って仕事を行うことで、座り仕事よりも筋肉の活動量が増え、腰痛の要因の一つになる体の冷えを予防できます。
〇心理・社会的要因
立って作業することによって、座り姿勢よりも自由に動けるようになり、心理的開放感が得られるという人も多いはずです。
休憩に立ちやすくなるといった心理効果も得られるかもしれません。
また、一般的に、立って仕事をすることでクリエイティビティ―が向上するといわれています。
ミーティング時に感じるプレッシャーも小さく抑えられる場合があるでしょうし、なによりミーティングに費やされる時間を短く圧縮することにつながります。
このように、スタンディングワークにはいろいろなメリットがあるようです。
しかし、一方で気を付けなければならないこともあります。
机が低いまま立ち上がって仕事をしてしまうと、手元を見下ろす格好になるため、首に大きな負担がかかり逆効果です。
姿勢よく立ってあごを引いたとき、モニターが見やすい位置に来るように、その人に合わせて個別に高さを調整する必要があります。
また、立ち続けるうちに左右片方の足に重心が偏ってしまうことがあります。
立ち続けることも座り続けることと同じぐらい体に負担がかかってしまうため、例えば1時間ごとに「立ち」と「座り」を切り替えるなど、適度に姿勢を変える工夫を取り入れると理想の仕事環境になるのではないでしょうか。
立って仕事をすると生産性も向上!
立って仕事をすることであなたのポテンシャルが向上するかもしれません。
ウォールストリートジャーナルは、「立って使える」机を与えられた従業員は従来型の座って使う机を与えられている従業員に比べて、生産性が46%も高かったと報じています。
生産性が伸びた要因は立って仕事をすることによって快適性が高まったからだろうとのこと。
これ以前の研究でも、立ち机を使うことで集中力など精神的な能力を高めることが示されています。
仕事の効率を上げるためにもたまには立って仕事をしてみては?
(参考:『立って仕事、座っているより生産性も向上』THE WALL STREET JURNAL.)
今すぐできるオフィスの腰痛対策
そうはいってもいままで座って仕事をするのが当たり前だった企業では、いきなりスタンディングワークを導入するのは難しいかもしれません。
座って仕事をしながらできる対策も必要です。
独立行政法人労働者健康福祉機構が公表している『新・職場の腰痛対策マニュアル2010』
では、オフィスでの腰痛対策としてさまざまな対策を紹介しています。
例えば『心理・社会的な問題への対策』。
日々のあいさつや、定期的な運動によるストレス解消は心のバランスをとるために欠かせません。
人間関係に悩んでいるときには、日記やノートに思いの丈を書き出すと考えを整理できます。
業務の過度な負担は、我慢しすぎず早めに上司や同僚、家族に相談し、仕事へのモチベーションが低下しているときには、小さなことでも達成できたら自分にご褒美をあげるといった対策が有効です。
『心理・社会的問題への対策』と並んで車の両輪のように大切なのが、『腰の負担への対策』です。
忙しい仕事の合間でも、長時間座りっぱなしだったり、前かがみで作業をしたりした後は、必ずすぐに立ち上がり、腰を反らせる体操をすることが腰痛の予防にとても役立ちます。
マニュアルで紹介されている『腰痛予防のこれだけ体操』は、脚を軽く開き膝を伸ばしたまま、息を吐きながら3秒間、最大限腰を反らせるというとても簡単なものです。
続けざまに3回繰り返しましょう。
マニュアルに書かれていること以外にも、オフィスの腰痛対策としてできることはたくさんあります。
まずは服装です。
ハイヒールは脚や骨盤のゆがみ、左右バランスの崩れを生みやすいので、なるべく安定して身体を支えられる靴を着用したいところです。
次に机の上の作業環境。
ここで気を付けたいのが、身体を左右に歪ませる要因がないかどうかということです。
机の片側に本を山積みにしていたり、モニターの向きがいがんでいたりするとそれが原因で腰のひねりに偏りが生じてしまいます。
机の上はなるべくスッキリさせて、広く使えるようにしましょう。
また、モニターが目線に対して低すぎると首を痛めやすいので、背筋を伸ばしてあごを引いたとき、目線の先に来るように高さを調整しましょう。
オフィスの室温も対策が必要なポイントの一つです。
男性が多い職場だと、エアコンの温度を極端に低く設定しがちです。
ところが温度が低いと体の動きが硬くなり、腰痛のリスクが高まります。
座り仕事のオフィスは立ち仕事のオフィスよりも室温を高くすべきということは、指針にも書かれています。
「バリアフリー」かつ「バリアフル」なオフィスを
『職場における腰痛予防対策指針』には、作業動線上の整理整頓をして転倒や衝突を避けるように推奨しています。
これに限らず、床のでこぼこを修復したり、段差には手すりを設置したりするなど、腰への負担を軽減するためには「バリアフリー」の考え方が大切です。
これに相対する考え方に「バリアフル」というものがあります。
動線上にあえて物を置き、物を避けるために体をひねる動きを促すものです。
立ちっぱなしで腰が痛くなっても、歩き出したらすぐに違和感がなくなっていくように、腰に溜まった疲労は、動かしてストレスを分散させることで解消されることが多いため、この「バリアフル」の考え方を取り入れてみるといいかもしれません。
オフィスの通路に物を置け、と言っているわけではありません。
火災時の避難経路の確保、転倒・衝突のリスクの観点から問題があります。
ここでいう「バリアフル」とは、立ち上がりモニターから視線を外したとき、ふと目に入る位置にストレッチを促すメモ書きを張り付けること。
ストレッチは習慣づかないうちには、すぐにやるのを忘れてしまいます。
メモに目が行ったら腰を反らすストレッチを行うなど、意識して腰を動かす工夫を取り入れましょう。
今回紹介した対策を実践し続ければ、腰痛リスクを大きく減らせるはずです。
オフィスの腰痛を予防する上で一番大切なのは、同じ姿勢を長時間続けないこと。
従来の座り仕事にしろ、スタンディングワークにしろ、定期的に姿勢を変えて体を動かす必要があります。