効果がある?かえって危険?牽引は腰痛に有効なのか

腰痛の治療をしようと整形外科や整骨院へ行くと、ときどき腰を引っ張る牽引療法が行われることがあります。中には牽引療法が受けられることを院の強みとして積極的に打ち出しているところもある一方で、インターネット上で牽引療法について調べてみると、「牽引療法は効果がない」とか、そればかりか「腰痛を悪化させるおそれがありかえって危険だ」という否定的な意見が目立ちます。

いったいどっちが正しいのでしょうか。牽引療法を受けるときのポイントについて考えてみましょう。

腰痛治療のメジャーな方法、【牽引療法】とは

牽引療法は「牽引=引っ張る」の言葉のとおり、治療をする部位に対して引き離すように力を加えることで回復を促したり、痛みを軽減させようとしたりといったことを狙った治療法です。牽引療法の歴史は非常に長く、「医学の父」とも呼ばれるヒポクラテスが骨折や脱臼の整復術に用いたという記録も見られます。現代では主に首か腰の障害に対して行われているようです。

骨を直接引っ張る直達牽引法と、体ごと引っ張る介達牽引法の2種類の牽引方法があり、このうち腰痛治療の現場で行われているのは体をベッドに固定して骨盤から下を引っ張る介達牽引法です。この方法では、患者は専用の椅子に座り、骨盤の周囲に取り付けられたベルトに下半身を引っ張られるような形になります。最近の牽引装置では、牽引と休止を短い秒数で繰り返す「間歇牽引」が用いられるなど進化を続けていて、より体への負担を少なくしようという工夫も見られます。

実は、牽引療法の効果は飛び出している椎間板が元の位置に引っ込むというような劇的なものではなく、周辺の環境を改善してじわじわと回復を促していくというイメージで捉えたほうがいいものです。圧力がかかっている場所を引っ張ることで、関節や椎間板、さらにその周囲にある筋肉や靭帯などを刺激して、周辺の血流を良くするという、マッサージやストレッチと同じようなものなのです。

ただ、マッサージやストレッチとほぼ同じだといっても、椎体間を広げて圧力を軽減するということは通常のマッサージではできないため、この点が牽引療法に特有の大きなアドバンテージだといわれています。

牽引療法の効果

〇椎体間や椎間関節の離開

〇周囲軟部組織の伸張

〇筋肉の収縮の改善

〇筋肉や靭帯、被膜組織にマッサージ効果を与える

〇血流の改善

〇神経根が周囲の被膜製組織と癒着することを防ぐ

参考:株式会社日本メディックス(牽引療法導入サポート)

ただし、牽引療法はぎっくり腰が発症してすぐ、脊椎に骨折があるときや、骨にがんの転移があるときには使えません。腰の痛みが激しいときにも実施するべきではない療法です。

医師の手引書では否定的な評価が

牽引療法は「効果がない」「そればかりか腰痛を悪化させるおそれがあって危険だ」などと言われています。実際に整形外科で行われている療法なのに、ネット上では批判の矢面に立たされている典型例です。

なぜ、そのように批判されるようになってしまったのでしょうか。日本整形外科学会がまとめた『腰痛治療ガイドライン(2012)』では、物理療法の一つとして牽引療法が紹介されています。その内容をよく読んでみると、

牽引療法が腰痛に対して有効であるエビデンス(確証)は不足している

としています。そればかりか、

腰痛患者全般に対する牽引療法が有効である可能性は低い

と否定的な論調です。

『椎間板ヘルニア診療ガイドライン(2011)』では、椎間板ヘルニアに対して牽引が有効であるという報告はあるものの、治療効果を十分に示した研究はまだなく、有効性の検証が必要であると締めくくっています。同様に、『腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン(2011)』を見てみると、牽引の有効性は認められなかったとしています。整形外科医の指針になるそれぞれの
ガイドラインでは、こぞって牽引療法が腰痛に対して効果があるとは認められていない、もしくは今後の検証が必要だとしているのです。

海外ではさらに牽引療法への懐疑的な意見が強く、アメリカ内科学会(ACP)が2017年に公表した腰痛治療に対するガイドラインでは、マッサージや鍼などさまざまな療法が紹介されているのに、牽引療法には一切触れられていません。欧米ではすでに基本的に腰痛への治療としては行われなくなっているのです。

牽引療法は腰部に自分の体重と同じぐらいの力をかけることになるため、場合によっては筋肉や靭帯、神経などを傷つけてしまうリスクも指摘されています。例えば、椎間症の一種では神経根が周りの組織と癒着してしまうことがありますが、癒着が慢性的なものになっている場合に牽引によってストレスをかけると、しびれや痛みといった症状が悪化してしまうおそれもあります。神経を傷つけなくても、過剰な力で筋肉が硬直することもあります。

このようなリスクがある一方で、牽引療法にしか治療をすることができない疾患というものは基本的にはないと考えられるため、わざわざ牽引療法を選ぶ必要はないというのが懐疑派の意見のようです。

(参考)

腰痛診療ガイドライン2012(日本整形外科学会/日本腰痛学会)

腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン (改訂第2版)(日本整形外科学会/日本脊椎脊髄病学会)

腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン 2011(日本整形外科学会/日本脊椎脊髄病学会)

座骨神経痛を伴う腰痛には一定の効果か

また、牽引療法が懐疑的な目で見られるのには、治療期間が長期にわたることも関係しています。先述したとおり、牽引療法はマッサージやストレッチと同じようにじわじわと環境を整えて改善を促すものなので、1度の牽引で劇的に良くなるという類のものではなく、通常は数ヶ月かけて改善を目指します。

一方で、腰痛というものも治療方法によらず大半が快方へと向かうことがわかっています。治療に時間がかかるほど、牽引でよくなったのか、それとも自然治癒したのかの判断は難しくなります。

では、腰部への牽引療法は本当に効果がないのでしょうか。

先ほど紹介した『腰痛治療ガイドライン(2012)』では、腰痛患者のうち座骨神経痛症に限ってみれば、効果がある確証がいくつかあるため、結論はまだ出せないとしています。さらに『椎間板ヘルニア診療ガイドライン(2011)』でも、椎間板ヘルニアのある腰痛に対して牽引療法が有効だという報告はいくつかあるとしています。

このように、実際に牽引療法によって腰の痛みが軽減したという患者は一定程度いることから、症状によっては牽引療法が腰痛治療に役立つ可能性はあるようです。牽引療法は坐骨神経症や椎間板ヘルニアなどによって腰の痛みが発生しているときの複合的アプローチの一つとして捉えるべきなのでしょう。

牽引療法は、「運動療法」「コルセット療法」「心理学的アプローチ」などの数ある腰痛症に対する選択肢の一つです。どのような療法であっても人によって効き目が異なるため、牽引療法もやってみなければ効果の程度はよくわからない部分があります。

牽引療法を選択するかは医師とよく相談して決め、効果が実感できるようであれば継続し、痛みが増幅するようであれば直ちに中止するという対応を取るほかないのが現状だといえます。